外国人犯罪

外国人が犯罪を犯しても刑事告訴されないという事例がある。おかしい事であると言えばそうであるのだが、完全無罪放免として、日常生活を送れるのはほぼなく、多くは国外追放とされる。

刑罰の目的として、一般国民への抑止力という面と、本人の更生を促すという二面がある。

刑務所内で更生指導される日本人でさえ再犯する事が多いのに、外国人に対しての更生プログラムを構築できないなら、再犯率は更に高くなるだろう。

服役して出所して、また犯罪を犯して服役してとなるなら、そのまま国外追放の方が経費節減になる。

抑止力という面では、外国人が犯罪し放題だから自分も犯罪しようと考える愚か者は少ないと期待するしかない。

 

サッカー指導者ライセンス

Jリーグや日本代表のサッカー指導者になる為には、サッカー協会が認定するライセンスを取得しなければ就任する事ができない。

元日本代表の本田圭佑氏が、ライセンスが無くても指導者になれる道があっても良いと提言している。

理由として、ライセンスを取得するのには時間がかかり、現役選手ならではの経験や手法を上手く活かし辛い点や、オーナーが自己責任で監督を決めるのだから、監督の能力が無ければ辞めさせればいいだけという点がある。

監督になりたい人間にとっては、ライセンス制度が必ずしもプラスになってはいない。

 

しかし、指導される選手からしてみれば、ライセンス制度はメリットでしかない。クソみたいな指導者から教えられても有害にしかならないので、ある程度は能力が保証された人間から指導を受ける事ができるというのは、安心である。

 

もちろん本田氏の考えでは、指導者は努力してより良い指導をするのが当たり前という前提の上で提言しているのだろうが、サッカーにとって選手と監督どちらを優先して考えるべきかを問うたら、選手を最優先すべきで、ライセンス制度は必須であろう。

自殺

自殺する人は自分と世間に絶望したから死ぬのであって、望みなんてあるわけがない。

 

しかし、存在するはずがない故人の望みを叶えようと言い出す頭のおかしな人間が二種類いる。

第一に、亡くなった方の親族や友人で、自分が希望になる事ができなかったと知って、悲しみ落ち込んでしまうが、心が壊れてしまい、死を受け止められなくて行動をおこす人間。

第二に、完全な他人だが、故人を利用して自分の意見を強く言えるチャンスが来たと喜ぶ、自己顕示欲が強い人間。

 

生きる望みがまったく無くなったとしても、知人を壊したくなかったり、赤の他人に利用されるのが嫌なのであれば、少しだけ思いとどまってみてはどうか